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APRIL FOOL

JASRAC : 27459039
ISRC : JPJ902201850

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APRIL FOOLの未再生の波形
APRIL FOOLの再生済みの波形

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歌詞

誰も振り向いてくれない街角は 寂しいけど でもへっちゃら
新しい風に乗れたら WOW WOW どこまでも行ける 僕たちは

嘘をつく ベッドの上 計画始める

エイプリルフール 飛び切りな嘘を
ついてやる 怒り出しそうな
さあ驚け ヤーヤーヤー
負け認めろ ノーノーノー 
でもやっぱり振り向かせたいんだ みんなのこと

爆弾より大きな声で叫ぶキッズはいいな
みんなの気を引き さっと奪い去る 緑の光線  

ラスベガスでハベラカして 100万ドル失ったよ そんなバカな
今ロンドンまで行ってクリームティー WOW WOW 飲んできたよって そんなアホな

キス目にして 今すぐに 時間征服

エイプリルフール きみが好きだよ
それも嘘のはずだった
気が付けば Fall in Love
そして二人は Ring My Bell
ウエディングは夏のヘルシンキ 嘘みたい

人生は夏草のように いい匂いがする 自分次第で
レコードを聴いて 恋の時 楽しんで
ねえ嘘って本当に必要なの?と囁いた

APRIL FOOL… えいぷりるふーる

エイプリルフール 飛び切りな嘘を
ついてやる 笑い出しそうな    
いいことありそうな 予感と春の夜空
あとはやっぱ振り向かせたいんだ みんなのことを 

爆弾より大きな声で叫ぶキッズのように
明日に向かって叫ぶ 僕らは4月のFOOL
FOOL FOOL

J
  • 3:36
  • 音源種別 : 歌もの楽曲
  • チャンネル : ステレオ
  • データ情報:
    • MP3(320kbps)
    • WAV(48kHz)
  • ビット深度 : 24bit

カジヒデキ

作詞 : 加地秀基

作曲 : 加地秀基

1967年5月08日生まれ。千葉県富津市出身。 1986年、ゴスバンド、Neurotic Dollにベーシストとして加入し、本格的に音楽活動をスタート。 1987年、Lollipop Sonic(後のThe Flipper’s Guitar)のデビューライブを観て衝撃をうけ、1989年9月、ネオアコースティック・バンド、BRIDGEを結成。 1990年、The Flipper’s Guitar監修によるコンピレーション・アルバム「Fab Gear」参加を皮切りに、Crue-L RecordsやA Trumpet Trumpet Recordsなど国内のレーベルのみならず、アメリカ、フランス、スウェーデン等のインディ・レーベルのコンピレーションに参加し、世界中のインディ・ポップ・ファンから注目を集める。 1992年11月、小山田圭吾が主宰していたレーベル、Trattoriaよりデビュー。2枚アルバムをリリース後、1995年に解散。 1996年「MUSCAT E.P.」でソロ・デビュー。 1997年1月に発表したファースト・アルバム「MINI SKIRT」では、世界的なブームになる直前のスウェーディッシュポップの要素を取り入れ、30万枚を超える大ヒットを記録するなど90年代の渋谷系を牽引した。 その後もTore Johansson、Eggstone、The Pastels、Bertrand Burgalatらと制作した作品を発表するなど自身のルーツとなるネオアコースティック|ニューウェイブ|ポストパンクをベースに音楽的な領域を拡げている。 2008年には映画「デトロイト・メタル・シティ」の音楽を担当。主題歌「甘い恋人」がスマッシュヒットする。 またDJイベント「BLUE BOYS CLUB」主宰、TBSラジオ、bayfm、渋谷のラジオでのレギュラー・パーソナリティ、音楽フェス「PEANUTS CAMP」キュレーションなど、 音楽の紹介者としても幅広く活躍中。

J
  • 3:36
  • 音源種別 : 歌もの楽曲
  • チャンネル : ステレオ
  • データ情報:
    • MP3(320kbps)
    • WAV(48kHz)
  • ビット深度 : 24bit

カジヒデキ

作詞 : 加地秀基

作曲 : 加地秀基

1967年5月08日生まれ。千葉県富津市出身。 1986年、ゴスバンド、Neurotic Dollにベーシストとして加入し、本格的に音楽活動をスタート。 1987年、Lollipop Sonic(後のThe Flipper’s Guitar)のデビューライブを観て衝撃をうけ、1989年9月、ネオアコースティック・バンド、BRIDGEを結成。 1990年、The Flipper’s Guitar監修によるコンピレーション・アルバム「Fab Gear」参加を皮切りに、Crue-L RecordsやA Trumpet Trumpet Recordsなど国内のレーベルのみならず、アメリカ、フランス、スウェーデン等のインディ・レーベルのコンピレーションに参加し、世界中のインディ・ポップ・ファンから注目を集める。 1992年11月、小山田圭吾が主宰していたレーベル、Trattoriaよりデビュー。2枚アルバムをリリース後、1995年に解散。 1996年「MUSCAT E.P.」でソロ・デビュー。 1997年1月に発表したファースト・アルバム「MINI SKIRT」では、世界的なブームになる直前のスウェーディッシュポップの要素を取り入れ、30万枚を超える大ヒットを記録するなど90年代の渋谷系を牽引した。 その後もTore Johansson、Eggstone、The Pastels、Bertrand Burgalatらと制作した作品を発表するなど自身のルーツとなるネオアコースティック|ニューウェイブ|ポストパンクをベースに音楽的な領域を拡げている。 2008年には映画「デトロイト・メタル・シティ」の音楽を担当。主題歌「甘い恋人」がスマッシュヒットする。 またDJイベント「BLUE BOYS CLUB」主宰、TBSラジオ、bayfm、渋谷のラジオでのレギュラー・パーソナリティ、音楽フェス「PEANUTS CAMP」キュレーションなど、 音楽の紹介者としても幅広く活躍中。

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