プロフィール
Dogtah a.k.a. DJ HAKASE
1975年生まれ、大阪出身。よろしくお願いします。
(下記、音楽に関する略歴になっております。長いですので、興味のある方だけお読み下さい。)
80年代、歌謡曲のカセットを聴いて育ち、11歳ごろに商店街のCDショップで、
ユーロビートやハードテクノのCDをCHOICEしたことを入口として、
ダンスミュージック〜R&BやHIPHOPを好んで聴く様になった。
MIXTAPEやラジオを通して、DJ EVIL DEE、FunkMasterFlex、Stretch Armstrong、PETE ROCK & Marly Marl 、DJ PREMIER、DJ KENSAW、DJ KRUSH などのMIXやサウンドにどっぷりと浸かり、大きく影響を受ける。
1990年、自宅でDJを始め、スクラッチやMIXTAPE作りに励む。
1994年、大学進学とともに京都に単身移り住んだ。
木屋町のバーRRでMONKEY PUNCH CREW【MR.GUSSY、BOSS、 DJ PRINCE と6MC’s(SHIMMMY / DAMA / ROHAN / HIRO / MOTEY / SEISHI)】に出会い、
DJとしての活動をスタートする。
1995年頃より、MONKEY PUNCH CREWのLIVE DJもつとめる。
MONKEY PUNCH主催のイベントでは来場者限定でMIX TAPE シリーズ
“90 minutes to flash”(vol.1~10)を毎回100〜200本配布し活動の幅を広げる。
96年頃より、MTRでの多重録音やMIX をはじめ、
サンプラー一体型シーケンサーであるAKAI MPC3000で
サンプリングや打ち込みによる楽曲制作も開始。
楽曲の流しこみやミキシング〜マスタリングは京都のスタジオMASSIVEにて行い、
エンジニアであった故 M.FUJITANI氏(R.I.P.)(瘋癲)に教わりながら、制作を重ね、
1998年、MONKEY PUNCH(以下 MP)としての楽曲をアナログ12inchシングルレコードとして
リリースする。
この楽曲以外にも、オリジナル楽曲はMIXTAPEやLIVEで多くの人の耳に届き、
京都や大阪の多くのDJ、MC達との邂逅を経てその個性は評価されるも、
(レコードの)セールス的な成功にはほど遠い結果に終わる。
制作やライブを続け、レコードレーベルとグループとして契約する機会を得るも、
そのツアーの最中に音楽の方向性の違いが理由でメンバーが脱退することになり頓挫する。
この頃よりクラブでのダンスSHOWCASE等のMIX音源制作も数多く行い、
ダンサーたちの様々な要望に応えるなかでHDR KORG D8での多重録音/MIX/Effect処理などを
多用し制作。
またこの年、雑誌Woofin’にて行われた日本語ラップの楽曲のみを使用したMIXTAPE CONTEST(第1回)に参加し優勝、SHIBUYA FMでも放送された。
これをきっかけにDJとして様々な音楽・クラブイベントに出演し、国内外の様々なDJ/ラップアクト/シンガー達と競演、良い刺激を受ける。
HIPHOPのイベントでのDJに加え、SHOPなどでのDJ、エレクトロニカやブレイクビーツなど(HIPHOP畑ではないイベントで)のDJ、京都市主催のイベントへの楽曲提供や
沖縄のDJ HINGA HIGAや FreeekProductionの人々との楽曲制作等、幅広く多くの経験を積む。
2001年頃、MPからともに活動してきたSHIMMY やSEISHI、京都や大阪で活動していたUmetty / 翔伝 a.k.a.Dr.Musn’t 、DJ NAOKEY /BDPクルーとして活動していたORO a.k.a.Chanpion / Unima / KaneらとともにレーベルSupafly Entertainmentを立ち上げた。
SHIMMY のシングルCD “You Keep Forgettin’”/”Fuck The Police”を制作、
自身のMIXCD”MUSIC TAKES ME HIGHER”vol.1 & 2 とともに好評を得る。
SHIMMYのほかにも、ASHURA SQUADのDJ/トラックメーカーとしてもLIVEや楽曲制作を行い、2006年にはSEISHI 1stアルバム”音は街を歩くtempo”に数曲提供
2007年発売した、ASHURA SQUADの1stアルバム”RE-BORN”では16曲中15曲プロデュース。
京都木屋町のHIPHOPバーDejavuのバブーさんのおかげで、高校の頃からの憧れの存在である
故 DJ KENSAW氏と2人で月1のレギュラーイベントをさせてもらうなど貴重な体験もしている。
MP時代から縁があってライブに招聘し、それ以降交流のあった日本語HIPHOPの至宝、SOUL SCREAMのMC、E.G.G. MANによるプロジェクトHi-CurrentVibesにも参加し、楽曲を制作、SHIMMYもRECに参加し千葉のスタジオで完成する。
(この曲は結果としてはリリースには至らずお蔵入りにはなったが、貴重な経験を重ねる。)
ひょんなことからクルーで、ハワイでのLIVEも経験。
HIPHOP/R&B/SOULのDJとして、また阿修羅SQUADのライブDJとして2007年頃まで活動した。
自分自身を含め、それぞれの人生の岐路が訪れ、大きな成功は果たせないまま、
クルーとしての音楽活動は終わった。
以降、個人として自宅での録音や制作期間を経て、
2008年、レコーディングスタジオUP TO THE SKYをOPEN。
2020年現在に至るまで、スタジオを訪れる様々なアーティスト、クライアントの録音/編集/
ミキシング/マスタリングに携わるとともに、トラック制作を続けている。
使用機材
AKAI MPD218 / AKAI MPC2000XL / MACKIE BIG KNOB
MOTU 896 HD / Logic Pro X / HAYAKUMO FORMA VU METER